フランシス・イタニ著 村松 潔訳
読みやすかった。久しぶりに女の人の本を読むと読書ってこんなに楽なものだったろうかと思う。よく頭に馴染むのだよね。500ページもあったのに苦じゃなかった。
男の人の本を読むと多かれ少なかれ異物を消化しているという気分になるのだ。
しかし、スラッと馴染んでしまう本はすぐ内容を忘れてしまったりする。
なので、今回は気に入った文章を書きぬきしながら読んでいった。
主人公のグローニアは5歳の時に猩紅熱にかかったせいで耳が聞こえない。彼女を通して耳の聞こえない方の生活というのはどいう感じなのか、すこし知ることができた。
耳の聞こえな幼い子が文字を覚えるにあたって、英語のような表音文字、日本語のような表意文字のどちらがより覚えやすいのだろうか?と考えてしまった。
英語の場合発音を知らなければ単語のスペリングを覚えるのは大変だ。でも日本語だったら発音を覚えなくても絵として文字が成り立っているから、文字を覚えるのはまだ容易な気がする。でも日本語の場合、文字を見てその単語を口で発音する場合は難しいのかも。
よく、わからないな。
この本の中に出てくる人たちは皆、善良で静かに自分の役目をきちんと果たしながら生きている。こういった静謐な人たちの話を物語として読むためには、戦争みたいな人の運命を押し流していく出来事と絡めなければなかなか話がまとまらないのだろうな。
心にしみた文章。
「グローニアは彼のために怒りが湧き上がるのを感じたが、自分には何もできないことはわかっていた。三人ともなにもできないだろう。これからも自分の人生を自分で引き受けていこうとする以外は。
自分自身で引き受けるという考え方を、生徒たちに教えてくれたのはミス・マークスだったが、グローニアはいまそれを思い出していた。「自分の手に負えないことは無視するしかありません」と彼女は生徒たちに言った。「しかし、自分の情報は自分で管理するようにすべきです。何が起こっているのか他人に教えてもらおうとするなら、あなたたちは自分の人生を他人に委ねることになるでしょう。自分たちの手で動かせるものもあれば動かせないものもあります。けれども、それで落胆するのではなく、自分には何ができるのかを知ることです」」 「遠い音」フランシス・イタニ 新潮社 261ページ。
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本・雑誌 Thread:
No.67 :
2008/07/18(Fri) 20:36:58
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監督・脚本 アレクサンダー・ペイン 脚本 ジム・テイラー 1999年 アメリカ
マシュー・ブロデリックが若いころに演じた「フェリスはある朝、突然に」の主人公フェリスのなんでも物事がうまくいく能力がダークな形でこの映画のリース・ウィザースプーンのキャラクターに引き継がれている。
この映画には「フェリス〜」の冒頭にあったマシューのシャワーシーンを引用して、あれから14年後のマシューがまたシャワーを浴びるシーンから始まる。
まるで、フェリスが社会人になった後の姿がこの映画のマシューが演じたキャラであるといわんばかりだ。
リースは田舎の学校の優等生。母子家庭で母親から庶民からエリートになるべく処世術を叩き込まれている。
リースはただの優等生というわけではない。マシューの友人の同僚男性教師とリースはデキて、それが学校側にばれたためにその教師はクビになったりしている。
そういったこともあって、マシューはリースのことが気に食わない。
リースは生徒会長に立候補する。大学入学に有利になるからだ。
対立候補がいないために順当にいけばリースが当選となるところを、彼女を追い落としたい選対担当のマシューはフットボール選手のクリス・クラインを説得して立候補させることに成功。また、クラインのレズビアンの妹が想いの女の子を兄クラインに盗られたことに腹を立て、兄を当選させまじと彼女も会長職に立候補する。
元フェリスなマシューと根性の据わった計算高いリースの対決が見どころ。
でも、私はこの2人よりも対立候補のクラインとその妹の2人の方が見ていて楽しかった。
クラインがあまりにも天然すぎて面白かった。彼に対して憎悪を抱いている妹のために神様に祈ったり、選挙で自分にではなくリースに投票してしまったりとか。
なんかこういう愛すべきぬけている人って世の中にいるよなーって。
レズビアンの妹ジェシカ・キャンベルも可愛かった。彼女の選挙演説なんてとても素敵だった。
彼女はリースの悪事の尻拭いをするけれど、彼女は実をとったので、幸せになれたしよかったよかった。
マシュー対リースはすったもんだの末、リースの勝利。
マシューは学校をクビになるけれど、そこは元フェリス。
リースと関係した教師ほど落ちぶれた人生を送るということはなかった。
マシューは長年連れ添った妻と離婚して(子供はいない)、ニューヨークに住んで、自然史博物館に仕事を得て、新しいガールフレンドもできる。
マシューは教師をクビになるちょっと前に、リースと関係した教師の元妻とうっかり不倫してしまう。その相手の女性というのが、こういうリアルな女の人はあまり映画でお目にかかれないよなぁというような不美人で(胸はあるけど)この女の人に食いつくぐらいならよほど女に不自由しているんだなとつい思ってしまった。マシューの奥さん役も…ていう容姿だったし…。
クビにならないで田舎の学校教師として人生を全うするよりも、NYでの生活をしているマシューの方がよほど楽しそうで幸せそうなんだ。
クビになったというのは外聞が悪いけれど、ちゃんと人生の実は手に入れたので、さずが腐っても元フェリス!と思った。
やっぱり、それなりに人生うまくいくんじゃん。
リースは本当にこの姿が素なのかなと思うほど熱演だった。すごいよ。
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北米映画 Janre:
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No.66 :
2008/07/18(Fri) 00:05:04
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監督・脚本 キャメロン・クロウ 1989年 アメリカ
ジョン・キューザックって本当に曲者だなぁ。
ジョン・キューザックは真面目で頭がよく周りから少し敬遠されているかわいいアイオン・スカイを落とすべく正攻法で攻める。アイオンは男の子に誘ってもらった経験が少ないのでつい誘いに乗る。
キューザックは攻めるんだけれど、女の目から見るとなんだかそれほどガッツガッツしているんだけどしていないというか、なんだか彼には女性に対して余裕があるんだよね。
キューザックの実姉ジョーン・キューザックが姉役で出ているんだけれど、2人のやり取りを見ていると本当に関係が良好で、こんなに仲が良い兄弟ってあまりいないよなと思う。
キューザックの役柄や彼自身も姉から女の人の機嫌を取る術というのを学んだのだろう。
一般的な男の人だったら女の人のツボを知らないがキューザックはどうしたら女たちの怒りをやり過ごして、そして彼女たちを自分のためにうまく使うかというテクニックを身につけている。その女の人に対して懐が深そうに見えるところにアイオンは引っ掛かってしまう。
彼女はファースト・ラヴに夢中になっている。だから、キューザックのマズイ面が見えていない。若いから当然なんだけど。
この映画のキューザックは、「この男だったら自分好みにカスタマイズできるかもしれない」というなかなか実際には現実化にはできない女の願望を引きずり出す男だ。(そんなにやすやすとカスタマイズされてくれる男なんて現実にはいやしない。)
この映画の中でジョン・キューザックがするアイオンの父親にする「ヒモ宣言」。いくら役柄とはいえ、こんなにてらいもなくさらっと言えてしまうんだから凄い。若いのに。
私だったら、思いっきり引いてしまうが、アイオンはあまり気にしない。彼女は素晴らしい奨学金をもらってイングランドに行くことが決まっていて、揚々とした未来が開けている。一時の迷いでつきあっている男が「ヒモ宣言」しても、受け流すだけの余裕が彼女にはあるんだ。そこがアイオンのキャラクターのいいところ。
この映画はエモ男子に人気があるみたい(The Starting LineなんかもPVでこの映画の爆音ラジカセならしをパクってた)。セックスをするかしないかという段階になった時に女の子の方からアクションが起こるところとか、エモ男子のツボを抑えているのかなとは思う。
一応、キューザックとアイオンの父親が交際を巡って対決という形になるんだけれど、結局うまい具合にアイオンの父親は詐欺罪で逮捕されて、キューザックは本格的に彼女の父親と戦わずして勝利する。こういうところもエモ男子のツボなんだろうな。
「ガタカ」にイーサン・ホークの弟役を演じていた若かりし頃のローレン・ディーンが見れてうれしかった。役はいまいちだけど…。
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北米映画 Janre:
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No.65 :
2008/07/16(Wed) 23:58:14
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監督 レスト・チェン 脚本 シュー・チェンピン 2006年 台湾
あれで終わり?
なんてアジア的なストーリーの完結の仕方なんだ。
岩井俊二とガス・ヴァン・サントが好きな人が作った映画という感じ。
意味なく写真の現像シーンがあったり、意味なく紙を破って窓から散らせてみたり、こういうシーンを入れておけばそれっぽいでしょ、と言われているみたい。
ちょっと笑ってしまった。
主人公のブライアン・チャンが小学校の頃に問題児のジョセフ・チャンと友達になってくれと頼まれて、そのまま高校生になっても友達関係は続いていたという設定がいまいち私はピンとこない。
別に先生に言われたからって友達になることもないんじゃない?とか思ってしまって。
思いがけず気があったから友達関係が続くことになったんだろうけど、でもその「先生から頼まれたから友達になった」ことをいつまでも蒸し返して、このあたりの話がうっとおしかった。友達関係が続いているんだったら、そんなことどうでもいいじゃん。
男のたちに挟まれた女の子ケイト・ヤンがとてもかわいそう。
ジョセフ・チャンのキャラがダメ男で私の好みではなかった。ヴィジュアルが格好はいいけれど、でもこういう男の子って重荷だ。
最後もジョセフ・チャンが煮えきらなかった。寝たんだから、もっと白黒はっきりつけてほしい。
ジークフリート・レンツ著
主人公の少年アルネが純粋すぎて痛々しい。
アルネは話の語り手のハンスの父親の友人の息子だった。アルネは一家心中のただ一人の生き残りで、ハンブルクの港のすぐそばのハンスの家に引き取られた。
アルネは純粋で頭が良く、傷つきやすかった。
5歳年上のハンスはアルネのことを理解できたが、ハンスの妹のヴィープケと弟ラースには煙たい存在だった。しかしアルネはヴィープケが好きだった。
ある日、アルネはボートに乗っていなくなってしまう。彼が見つかることはなかった。
ハンスはアルネの遺品を整理しているうちに、品々の一つ一つからアルネのことを思い出す。
読んでいて、私もアルネをちょっといじめたくなった。
いじめたくなるツボをことごとく押してくるの、アルネは。
本当に本当にいい子なんだけれど。
ヴィープケやラース、ペーターたちはそう積極的にアルネをいじめたいわけじゃなかったのだと思うのだけれど、人間の中にある加虐性を刺激してしまうところがアルネにはあって、せっかくハンスが守ってくれたのに、わざわざそんなことしなくてもいいのにー、とか、あー、そんなことわざわざいいにいかなくていいのにー、とか思ってしまってイライラしてしまった。
純粋も深い純粋だと周りの人はちょっと対応に困るところがあるものだなぁと感じた。
もっと要領よく生きられないものなのかな。
自分で自分を守ることは凄く必要なことだと思うのだけど。
でも、深い感受性の持ち主は生まれもって傷つきやすいのだろうから、そう簡単に図太くなれるものでもないのだろう。それに、アルネは父親の心中に巻き込まれたという心の傷もあるしね。
また、アルネが好きになったヴィープケは生意気な気位の高い女の子で性格が良くないのね。わざわざそんな子を好きになっていらぬ苦労をしなくてもとこちらは思ってしまうのだけれど、それも少年の性の力のなせるわざだからコントロールできないのは仕方がない。
アルネのヴィープケへの思いはコクトーの「恐るべき子供たち」のポールが少年ダルジュロスに抱いていた恋に似ているような気がしたな。
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No.63 :
2008/07/07(Mon) 20:45:03
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ミシェル・シュネデール 千葉文夫訳
グレン・グールドについてちょっと知りたくなって、関連本の中からこれが割と薄くて読みやすそうだったので読んでみた。
フランス人ってなんでいつもこんな風な抽象的な文章が好きなんだろう。
でも嫌いじゃない。
私はグールドの人となりを全く知らなかったので、今まで私が勝手にジャケット写真とかから思い描いていた人物とはかけ離れていることをやっと知った。
もっと他のグールド本も読んでみようかな。
彼はトーマス・マンの「魔の山」が好きだったみたいですね。
なんか、それわかる。
グールド自身が一人で魔の山をやってるみたいな人だもんね。
なんとなく。
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No.62 :
2008/07/06(Sun) 20:44:46
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