今夜はトーク・ハード(Pump Up The Volume) 

今夜はトーク・ハード今夜はトーク・ハード
(1995/05/21)
クリスチャン・スレーター

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監督・脚本 アラン・モイル 1990年 アメリカ

中学生の時だったら、すごく共感できたと思う。
こういう映画を見ると、年取ったなと思う。

アリゾナ州の郊外にあるSAT成績優秀校、ハンフリーハイスクールでは毎夜10時からはじまるDJハリーによる海賊放送が話題の的になっていた。
学校や社会への怒りを叫ぶ彼のトーク、そして彼のセレクトする音楽はハンフリー校の生徒たちを熱狂させた。図書委員のサマンサ・マシスは転校生のクリスチャン・スレーターがレニー・ブルースの本を借りたことで、彼がDJハリーではないかと疑い始める。


つくり手の方はよくもこんなティーン時代の青臭い心を保持していられたなぁと感心してしまう。
年をとったら革命なんてことは簡単に起こりえないことがよくわかるものだけれど、ティーンの頭はいつだって革命を待ち望んでいるものだものね。

ハリーであるスレーターは学校の理事の父親を持っていて、本来ならば体制側の方の人間であるはずなのだけれど、改革を望んでいる。
これはよくある図式だね。
昔も金持ちの裕福な息子とか、知識階級の息子とかが共産思想にかぶれたりしたしね。

今の私には元気が良すぎる映画だった。

ヘザーズ(Heathers) 

監督 マイケル・レーマン 脚本 ダニエル・ウォーターズ 1989年 アメリカ

これは凄い映画だ。
こんな映画が89年に撮られていたとは…。
今、こんなに尖った映画はもう作られることはないだろう。
高校生の時に見られたら、すごく気持ちにしっくりきたと思う。
あの頃はいつもこのようなことを考えていたような気がするんだ。

本当にブラックさ加減が半端ない。

ウィノナ・ライダーは学園女王グループ、ヘザーズ(グループの三人共に名前がヘザー)に引き入れられたが、おもにヘザーズのパシリばかりさせられ、毎日こき使われていた。
そんな日々にうんざりしていところに、ミステリアスな危険な香りのする転校生のクリスチャン・スレーターと知り合いになり、付き合いだす。

ヘザーズのリーダー、チャンドラーのヘザーから「転校しなよ。今の学校じゃ誰にも相手にされないよ」と罵られたウィノナはスレーターに冗談半分に彼女を殺したいと話す。
ヘザーの家に忍び込んだウィノナとスレーターは彼女に洗剤を飲ませ、殺してしまう。
人の筆跡を真似することが得意なウィノナは偽の遺書をつくり、ヘザーの死は自殺ということに片付けさせることに成功。
さらに二人はウィノナとセックスしたという噂を立てたフットボール部員2人もゲイの心中ということにして殺してしまう。

この映画の中で、ウィノナとスレーターがあれよあれよと人を殺していく様はコロンバイン高校の事件と絡めて語られることが多い。

私の持っている映画の紹介の本「101 MUST SEE MOVIES FOR GAY MEN」に「ヘザーズ」が紹介されている。
この本で取り上げられているのは、ウィノナとスレーターがゲイの心中にみせかけてフットボール部員2人を殺すエピソード。
全体的にこの映画はかなりブラックなのだが、特にこのエピソードが私も面白かった。

ウィノナとスレーターが殺したフットボール部員のJocksは彼らより弱そうな男子(主に文系)を見るやいなや、根拠もなしにFaggot Faggot と罵る。ときには暴力をふるいながら。
スレーターも彼らの標的になり、からまれたスレーターは学校のカフェテリアで彼らを空砲ながら銃で撃ち、停学処分になったりしていた。

「ゲイ」をろくにものも考えず人を攻撃する材料にしているアホなジョックスを、その彼らが最も忌み嫌っている「ゲイ」に仕立てて殺すなんてなんとブラックなのだろう。

ブラックすぎる。

どうやってノンケの二人をゲイの心中ということにしたかというと、裸の2人の遺体のそばにゲイ雑誌やウィノナが偽装した遺書などを紙袋に入れておくだけ。そして紙袋の中のアイテムで彼らがゲイであったとみんなに思わせる一番の決め手になる品は何とミネラルウォーター。
この映画における田舎の男たちの思想として、ミネラルウォーターなんか飲んでいるやつはゲイであるというのがあるんだって(笑)

なんじゃ、そりゃ

「本物の男が飲むものはビール」というマッチョな考え方らしい。
まったくなんじゃ、そりゃ

フットボール部員2人の葬式で彼らの父親の一人が
「お前がホモであったって、そんなことは気しなかったのに。お前は俺の誇りだった。息子がホモでも俺は愛している。俺はホモの息子を愛している」
と涙ながらにスピーチしたのを聞いたスレーターが
「もし彼が今でも生きていたら、オヤジがそう考えるかは疑わしいな」
と、突っ込みを入れるところもたまらなくダーク。
ホモファビアの人たちをここまでおちょくっている映画は珍しいかもね。

スレーターとウィノナのコンビはとても良かった。俳優2人の善悪の境界線が緩そうなところが、怒涛のストーリー展開をスムーズに進めるのに役立っていたと思う。

始めから終りまでブラックで終わり方もクール。
DVD化して欲しいな。近くのレンタル店にもなかったからオークションで買ったんだ。

本当に最高に面白かった。

エヴァとステファンとすてきな家族(Tillsammans Together) 

エヴァとステファンとすてきな家族エヴァとステファンとすてきな家族
(2004/06/23)
エンマ・サミュエルソン

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監督・脚本 ルーカス・ムーディソン 2000年 スウェーデン/デンマーク/イタリア

この映画、好きだ。
スパニッシュ・アパートメントをちょっと思い出したな。
あの映画はスペインに留学した学生たちがアパートをシェアする話だったが、この映画は1975年のスウェーデンの共産主義思想にかぶれた大人たちが営む「Together」というコミューンの中の話。
エヴァとステファンは両親が大喧嘩をしたため、母親に連れられて彼女の弟が住んでいるコミューンに身を寄せることになる。

このコミューンの人たちは変わり者ばかりで見ていて面白い。生産性がなさすぎなんだけど、見ていて落ち着く。

住人のレズビアンで子供がいるアンナは同じコミューンの中に元夫がいたり、その元夫に対して思いを寄せている男の人がいたり、フリーセックスを実践しているレナ、銀行の頭取の息子なのに真面目すぎるほど共産主義を信奉しているエリックとか面白い人が多い。

この人たちが住んでいる家というのは、本当に普通の住宅街にあって、家を一歩出たすぐの世界ではごく平凡な生活が営まれているのに、その家の中では一般常識とは変わった世界が広がっている。その対比がなんだかシュールだと思った。

ゲイ男性の口説きテクニックおもしろかったです。

シガー・ロスにありがとう 

残響残響
(2008/07/02)
シガー・ロス

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ジャケが私に買えと言っている…
語りかけてる…
なんて強いアプローチ……

しかしわざわざ日本盤に日本語タイトルをつけないでおくれよ

シガー・ロスはいままでレンタルオンリーだったのだけれど、最近よく聴いている。
私は2年越しぐらいでトーマス・マンの「魔の山」を読んでいる。
最初半分を一気に読んで、ちょっと休憩と思って読むのを休んだら、それから1年以上たってしまった。
長い間、放置していた本を再び手に取るのには勢いが必要だ。
だから本に向かうために、音楽の力を借りようと思って、いろいろ試したらシガー・ロスが一番しっくりきたんだよね。
シガー・ロスのおかげで読み遂げることができるかもしれない。

ありがとう シガー・ロス

素敵なジャケだ 新作、欲しいなぁ。

25年目のキス(Never Been Kissed) 

25年目のキス25年目のキス
(2007/01/26)
ドリュー・バリモアデイビッド・アークェット

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監督 ラージャ・ゴスネル 製作総指揮 ドリュー・バリモア 脚本 アビー・コーン マーク・シルヴァースタイン 1999年 アメリカ

中盤くらいまで面白かったけれど、終盤はくどくて飽きてしまった。
ドリュー・バリモアはハイスクール時代にいじめられっ子だったが、大人になってからは成功し、新聞社で働いている。
現代のハイスクールの実態を取材するために、覆面高校生としてハイスクールに潜入。
人気ものになるはずが昔の自分と同じく、彼女の資質からイケてないグループにどうして属することになってしまう。

なかなか面白い話の出だしで、ドリューはこれからどうなるのだろうと思ったら、彼女の弟で土産物屋を営んでいるデヴィッド・アークエットが彼女の助っ人として生徒として学校に潜入。弟は今では人生が成功しているとは言えないが、学生時代は陽気で野球が得意であったことから人気者だったという設定。
で、まずアークエットが学校で人気者になり、彼がドリューはイケてる女という嘘の評判をつくり、ドリューを人気者グループに引き入れる。
私にはデヴィッド・アークエットが人気者グループに入る人には見えなくて…。
なんか変な感じだった。

弟の協力で人気者になったドリューは、ついに学園の王子様ジェレミー・ジョーダン(性格悪し)からプロムに誘われ、それだけではなく若いハイスクールの教師マイケル・ヴァルタンともなんだかいい雰囲気に…。
ドリューがモテモテになるあたりで私はすごく飽きてきた。

学園映画では学園内勢力図の中で下層に属する女子が「学園プリンスとプロムで踊る」ということはなかなか成し遂げられないはずだった。
「プリディ・イン・ピンク」しかり「シーズ・オール・ザット」しかり。
しかし、この映画では本命ではないけれど「プロムキング」とも本命のイケメン先生ともちゃっかりプロムでダンスしている。
それに!! 彼女、プロムクイーンにまでなってしまうんだから!
「ドリュー、それはあまりに欲張りすぎだよ」
と「欲望加算式」の映画があまり好きではない私は思った。
この映画はどこまでも押せ押せで、くどい。

「25年目のキス」の一番の見どころはドリューが「プロムや学校だけが世界じゃない! 外の世界じゃ関係ないのよ!!」と演説する所なのだろう。
でもこれだけ自分の欲望を満足させた女にそう言われても、いくら正論だとしても真面目に訊く気にはなれない。

最後のシーンもげんなりだった。
野球場の大観衆が見ている中でキスをするというのは、同じくドリューが主演した「2番目のキス」と同じなのだが、「2番目」の方ははからずもそうなってしまった自然なシーンだったのに対して、この映画は「私たちキスしますよ〜」って宣伝告知をしてるのだからなぁ。

ク ド 過 ぎだ。

でもこのくらいコテコテの方が受けるのだろうな。

麗しのサブリナ(Sabrina) 

麗しのサブリナ麗しのサブリナ
(2006/04/21)
オードリー・ヘプバーン

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監督・脚本 ビリー・ワイルダー 原作・脚本 サミュエル・テイラー 脚本 アーネスト・レーマン 1954年 アメリカ

私は日本人がオードリーのことを大好きなようには彼女のことが好きじゃない。
いつも日本メディアが彼女を取り上げる態度と、私の中にある彼女に対する感覚がずれているので、いつもオードリーには居心地の悪い思いをしてきた。
小さい頃、彼女の写真を見るとあまりにも目が大きすぎて怖かったんだ。
今ではそうは思わない。

彼女を鑑賞するときは顔じゃなくて、彼女が着てる洋服をみればいいのだと、今は分かっている。
イディス・ヘッドの洋服、本当に素敵だった。
背中が大きく開いたシャツとサブリナパンツとぺたんこ靴。素敵だ。
オードリーの体型で着るとすごく映える。

ジパンシィのドレスにもうっとり。

話の筋はあり得ないよー、というコテコテのおとぎ話なのだけれど、ビリー・ワイルダーのコメディらしく、スタンダードでエスプリが効いたこじゃれたギャグがたくさんでおもしろかった。
ビリー・ワイルダーのコメディは、私はすぐどのような内容だったか忘れてしまうのだけれど、見ている間はとても幸せな気持ちにさせてくれる。

オードリーの恋の相手にハンフリー・ボガードをもってくるのは白黒映画で年齢がごまかせるからこそできた技で、今だったら無理だろう。
何となくクリミナルな匂いが漂ってきてしまうもの。

スーパーバッド 童貞ウォーズ(Superbad) 

スーパーバッド 童貞ウォーズ コレクターズ・エディションスーパーバッド 童貞ウォーズ コレクターズ・エディション
(2008/01/23)
ジョナ・ヒルクリストファー・ミンツ=ブラッセ

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監督 グレッグ・モットーラ 製作 ジャド・アパトー 製作総指揮・脚本 セス・ローゲン エヴァン・ゴールドバーグ 2007年 アメリカ

マイケル・セラが可愛すぎ
ほんと、かわいいかわいい
こんなに普通そうな子がアメリカ映画で見られるなんて、なんか時代は変わったなと思う。

この映画に出てくる冴えない少年三人組は本当にその辺に歩いていそうで、親近感を持ってしまう。クラスにこういう奴いたよな。
クリストファー・ミンツ=プラッセが演じたフォーゲルなんて、いままで映画の中ではお目にかかれなかったけれど、いたよ現実には。
ちょっとキモくて抜けてて変なのに頭良かったりして。

ストーリーとしてはわりと今までのアメリカの学園映画の王道を行くところがあるのだけれど、私が新しいなと思ったのは、異性とのエロよりも男の子同士の友情の方が大事だということをはっきりと表現しているところかな。
日本人は思春期においては同性同士の友情の方が尊いものであるということを分かっていると思う。でもアメリカでは同性同士の友愛が、すぐゲイと結び付けられるために、大事なことなのにうまく語られないという傾向があったように思う。特に男子映画で語られることが少なかった。

この映画の中でセスとエヴァンが大好きだよと言い合うシーンで、「ああ!! 吉田秋生の「桜の園」の男子バージョンだ!」と思った。男の子が友人同士思い合っているのをみて胸がジーンとした。この時期にしかない同性同士の濃厚な心の結びつきっていいよなぁ。
ずっと友達であり続けても思春期の時のような濃厚さというのは薄れていくものだ。
その心地いい共存関係から離れて、一人一人の時が独立して動き出していってしまうのがラストシーンから見えてせつなくなった。

買うべきか、買わざるべきか 

美しき生命 【初回限定盤】美しき生命 【初回限定盤】
(2008/06/11)
コールドプレイ

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こんなけち臭いことを書いていないで、買えばいいんだが・・・
このジャケから漂う駄作感がなんだか私をためらわせる。
ドラゴン・アッシュ?
いや、本家のドラクロワなんだけど・・・

ここのところ、エモ盤ばかり聴いていて、エモの名作に手を出しているうちはよかったんだけど、末端のほうまで手を広げると、いい加減うんざりしてきてね。
コールドプレイなんかをずっとおとなしく聴いてたほうがいいんだろうなという気がしてきたんだけれど、マイスぺで新曲を試聴してもいまいちピンと来ない…。
輸入盤で充分かなー。

幸せのレシピ(No Reservations) 

幸せのレシピ 特別版幸せのレシピ 特別版
(2008/02/08)
キャサリン・ゼタ=ジョーンズアビゲイル・ブレスリン

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監督 スコット・ヒックス 脚本 キャロル・フックス 2007年 アメリカ

「マーサの幸せのレシピ」のハリウッドリメイク版。
このハリウッド版は大味でした。「マーサ」は見ていないから、元の作品も大味だったのかはわからない。リメイクされたということはそれなりに味のある映画なんじゃないかと想像する。
ハリウッドで映画がリメイクされるときには、必ず元の映画の繊細さがはぎ取られ大味になってしまう。
元から大味の話だったのか、それともハリウッド味付けのせいか気になるから、そのうち「マーサ」も機会があったら見てみようかな。

ドイツ映画のリメイクだけあって、「幸せ〜」は一応ニューヨークが舞台なのだけれど、ちっともニューヨークの香りが漂ってこないのね。

本当に話は大味で、この映画で展開されることがもう見始めて10分でわかるような単純さ。退屈だった。
アーロン・エッカートもあまりにも女子映画の男性すぎて、逆に「いねーよ。こんな男は!」と見ながら突っ込み入れてしまい。せっかくの彼の王子様ぶりも、素直に堪能できなかった。もっと素直に楽しまなくては。

アビゲイル・ブレスリンは母を亡くして不機嫌な子供の役で、可愛くないんだけれど、その可愛くなさは物語の進行上に必要なもので、じつは大して意味はないんだよね。
それがわかるから、面白くないんだよな。

サムサッカー(Thumbsucker) 

サムサッカー 17歳、フツーに心配な僕のミライ コレクターズ・エディションサムサッカー 17歳、フツーに心配な僕のミライ コレクターズ・エディション
(2007/02/02)
ルー・プッチ

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監督・脚本 マイク・ミルズ 原作 ウォルター・キルン 2005年 アメリカ

なんだか奇妙な印象の映画。
最初に見た時はゲイ映画の変形版かと思った。
しかし、二回目見た時にそれは違うことが分かった。
ただ私みたいな腐女子の脳を刺激するような要素があるんだよなぁ。

主人公の少年、ルー・プッチが少年期にしかないような頼りなさげな美しさを湛えているところとか、ルーと彼の担当歯科医のキアヌ・リーブスが親密すぎるところ、そして、彼の所属するディベート部の担当教師ヴィンス・ボーンと少年との関わりあい方に、腐女子の妄想を増幅させるツボがある。

少年は今までのアメリカ映画には登場してこなかったタイプのキャラのような気がする。
でも、最近はこういったストレートだけれどナイーブな男子をちらちらアメリカ映画で見かけるようになってきた。
本当に現実でも若者はエモい男子が主流になってきているのだろう。

少年は同じディベート部に属していた少女のことが好きなのだけれど、彼女からは男として見られていない。
少年は少女の友達から「お尻にニキビのある男子を教えて?シャワーで見るでしょ?」と尋ねられて、彼は本当に知っているのか知らないのかはわからないけれど、数人の男子の名前を答える。彼がこの質問に答えたことで、少女はたぶん、少年をゲイだと思い込んだのだと思うんだよね。
だから安全だと。
それから少女は少年を性の実験台としてもてあそぶようになる。
このシークエンスで私はフランソワ・オゾンの「クリミナル・ラヴァーズ」を思い出してしまって、おとなしく少女の為すがままになっている少年を見て、ゲイなのかな?と思ってしまったのだけれど、違うね。

少年のような、女の子に対して無理に行動を起こしたら嫌われるかもと考えるような繊細な男子というのは、結構いますよね。
やっと、このタイプの男子もアメリカで日が当たるようになってきたんですね。

この映画で一番おもしろかったのは少年と少年の父親との微妙な関係かな。
少年の父親は元アメフト選手で若い時にプロの道を怪我で断たれて、今ではスポーツ用品店で働いているJockタイプ。
でも、少年は文系で、二人はお互いのことが理解できない。少年は頭が良くない父親を小馬鹿にしているし、父親もそれに苛立ちながら、少年に積極的にかかわろうとしないし、できない。
少年が映画の最後で大学に受かってニューヨークに行くことが決まった時、父親は「やっとお前に慣れてきたのに...」と少年に言う。
このシーンがとても印象的だった。

親と子だからといって、分かり合えるかといったら、決してそうではない。
そうではないことのほうが意外に多い。
私も親に慣れるのにかなりの時間を要した人間なので、このシーンは妙に胸に沁みこんできた。

アメリカではメンタルが不安定だとすぐ簡単に安定剤を処方するし、周りの人も積極的に薬を飲むことを勧めることは知っていた。この映画でも、催眠術をかけられて長年の悪癖の親指しゃぶりができなくなった結果、精神的に不安定になった少年に、周りの大人たちはすぐ注意欠陥多動性障害と診断して抗鬱剤を飲ませる。その抗鬱剤とはLSDと分子が一つしか違わないという代物。

まったくもって恐ろしい。私の目から見ると少年はちょっと不機嫌なティーンエイジャーにしか見えないのに、この程度で薬を飲ませられるのかと思ったらちょっとぞっとした。
カート・コベインがのちにヘロインに手を出した原因の一つは、幼い時から抗鬱剤の服用していたために、常に薬を必要とする体に若い時からなってしまったからだった。
この映画はオレゴン州が舞台でカートの出身のワシントン州は隣なので、なんとなく彼のことが思い浮かんだ。

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